新旧入り混じった東京下町をまるっと堪能!

東京スカイツリータウン®と浅草 2大スポット楽ちんめぐりのススメ

更新:2016年7月

楽ちんめぐりができるワケ

  • 下町の良さとトレンドをぎゅぎゅっと詰め込んだ東京スカイツリータウン®周辺
  • これぞ東京下町といった風景が広がる街たちの玄関口浅草

とうきょうスカイツリー駅 浅草駅 1駅で移動!!

東武鉄道を利用すると、とうきょうスカイツリー駅と浅草駅は隣同士なので移動が楽ちん!一日で、東京スカイツリー®を見たあとに浅草を巡る、なんてコースもささっと移動できてスムーズ!

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とうきょうスカイツリー駅のススメ

とうきょうスカイツリー駅は、楽しくなる仕掛けがたくさん

東京スカイツリー公式キャラクターがお出迎え

とうきょうスカイツリー駅には、駅の階段・エスカレーター部分などに東京スカイツリー公式キャラクター「ソラカラちゃん」、「テッペンペン」、「スコブルブル」と東京スカイツリー、東京ソラマチ、下町をイメージしたワクワクするイラストや装飾で東京スカイツリータウンを表現しています。

東京スカイツリー公式キャラクター「ソラカラちゃん」装飾の駅階段

東京スカイツリー公式キャラクター「ソラカラちゃん」装飾の駅階段

  • 東京スカイツリー公式キャラクター「スコブルブル」装飾の駅階段

    「スコブルブル」も駅階段でお出迎え

  • 東京スカイツリー公式キャラクター「テッペンペン」装飾の駅階段

    もちろん「テッペンペン」も

  • 「ソラカラちゃん」装飾

    「ソラカラちゃん」が通路でも

  • 「テッペンペン」装飾

    東京スカイツリー公式キャラクター勢揃い

とうきょうスカイツリー駅フォトスポット

駅での記念撮影ならここ!

ソラカラちゃんとスカイツリートレインのフォトスポットで記念撮影を。フォトスポットに近づくと、ソラカラちゃんの声が聞こえます。スカイツリートレインは、東武沿線の車窓風景を堪能できる展望列車で、とうきょうスカイツリー駅からも乗車できます。

発着メロディはソラカラちゃんのテーマソング

1番線(上り・浅草方面)にはお客さま参加型のダンスプログラム楽曲 「ソラカラちゃんダンス!」、2番線(下り・北千住方面)にはソラカラちゃんの「テーマソング」 をそれぞれアレンジしたメロディが流れ、電車の乗り降りを楽しく演出しています。

発着メロディ原曲

©TOKYO-SKYTREE

他にもこんなスポットが

  • 東京スカイツリーライティングと連動して「粋」「雅」の色に変化する駅名看板

    東京スカイツリーライティングと連動して「粋」「雅」の色に変化する駅名看板

  • 旧業平橋駅のホーム屋根骨組を活かした、ホームが明るくなる膜屋根

    旧業平橋駅のホーム屋根骨組を活かした、ホームが明るくなる膜屋根

  • 旧業平橋駅からホーム支柱として使用している1897年米カーネギー社製のレール

    旧業平橋駅からホーム支柱として使用している1897年米カーネギー社製のレール

  • 古くにどこからともなく運ばれてきて、地域に親しまれ続けている安全地蔵尊

    古くにどこからともなく運ばれてきて、地域に親しまれ続けている安全地蔵尊

  • 駅構内に突如現れるムーミンと仲間たち。ムーミンハウスカフェの装飾です

    駅構内に突如現れるムーミンと仲間たち。ムーミンハウスカフェの装飾です

とうきょうスカイツリー駅 これまでの歴史

江戸時代

とうきょうスカイツリー駅の周辺は、江戸時代初期は下総国と呼ばれる、首都「江戸」の郊外でした。明暦3年の振袖火事(明暦の大火)の後、干拓により隅田川以東の市街化が進み、武家屋敷や町屋も建ち並び、やがて国境が現在の県境の江戸川に移ると、この地域は武蔵野国の一部になりました。

明治30年 東武伊勢崎線延伸前の小梅瓦町 地図

明治30年 東武伊勢崎線延伸前の小梅瓦町

明治時代

明治期に入ると、とうきょうスカイツリー駅の周辺は本所区小梅瓦町と呼ばれ、多くの職人が住みはじめるようになり、様々なものづくり文化が生まれました。明治35年に、東武伊勢崎線を北千住から延伸し、とうきょうスカイツリー駅の原点である「吾妻橋駅」が誕生。その後、一時廃止、貨物駅としての再開業を経て明治43年には「浅草駅」と改称し旅客駅として再開業しています。当時、鉄道で吾妻橋駅に運び込まれた貨物は、ここで舟運に積みかえられ、北十間川から隅田川、中川を通って、広く全国に運び出されていました。

大正元年 本社移転後の小梅瓦町 地図

大正元年 本社移転後の小梅瓦町

近代

昭和6年に現在の浅草駅が開業し、とうきょうスカイツリー駅が、前駅名である「業平橋駅」に改称されるまでの間、東武伊勢崎線の旅客ターミナルとして使われ、それ以降平成5年に貨物取扱いが廃止されるまでは物流ターミナルとしての機能を長く果たしてきました。前項で紹介している「安全地蔵尊」は昭和34年に、業平橋駅に貨車によって運ばれてきた石や砂の中からひょっこりお姿を現したという伝承が残っています。こうして現在のとうきょうスカイツリー駅に改称されるまでの1世紀余り、人と物資が入り交って、地域とともに古くから歴史を刻んできた駅なのです。

浅草(現とうきょうスカイツリー駅)駅に設けられたドック

浅草(現とうきょうスカイツリー駅)駅に設けられたドック

昭和35年頃 業平橋駅(現とうきょうスカイツリー駅)構内のホッパー設備

昭和35年頃 業平橋駅(現とうきょうスカイツリー駅)構内のホッパー設備

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写真で振り返るとうきょうスカイツリー駅


    • [中期]浅草機関庫・外観

      中期

      浅草機関庫・外観

    • [中期]浅草機関庫・転車台

      中期

      浅草機関庫・転車台

    • [8年]浅草(現とうきょうスカイツリー)駅前に集った女学生(三輪田高等女学校秋季修学旅行)

      8年

      浅草(現とうきょうスカイツリー)駅前に集った女学生(三輪田高等女学校秋季修学旅行)


    • [初期]浅草(現とうきょうスカイツリー)駅構内

      初期

      浅草(現とうきょうスカイツリー)駅構内

    • [初期]電化開業当時の浅草(現とうきょうスカイツリー)停車場

      初期

      電化開業当時の浅草(現とうきょうスカイツリー)停車場

    • [20~30年代]業平橋(現とうきょうスカイツリー)駅構内入れ替え作業

      20~30年代

      業平橋(現とうきょうスカイツリー)駅構内入れ替え作業

    • [40年頃]業平橋(現とうきょうスカイツリー)駅構内 往年の新聞輸送

      40年頃

      業平橋(現とうきょうスカイツリー)駅構内 往年の新聞輸送


    • [15年]業平橋(現とうきょうスカイツリー)駅地平ホーム

      15年

      業平橋(現とうきょうスカイツリー)駅地平ホーム

    • [現在]東京スカイツリー計画地

      現在

      東京スカイツリー計画地

    • [現在]駅名の由来にもなった業平橋

      現在

      駅名の由来にもなった業平橋

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