遊ぶ・体験する 東京スカイツリー・浅草エリア

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7月

下町七夕まつり

合羽橋本通り商店街の総力をあげて催される「下町七夕まつり」は、上野駅入谷口に近い昭和通りから浅草の国際通りまでの1.2キロの通り沿いには、彩り鮮やかな七夕飾りが登場します。近年は、カーテンのように下がる大型の竹飾りがありませんが、期間中の土日には、パレードが行われ賑わいます。

期間 7月上旬
場所 合羽橋本通り

四万六千日(ほおずき市)

毎月18日の観音さまのご縁日とは別に室町時代以降に「功徳日(くどくび)」と呼ばれる縁日が月に一日設けられ、百日分、千日分の参拝に相当するご利益(功徳)が得られると信仰されてきました。なかでも7月10日は千日分と最も多く、「千日詣」と呼ばれていましたが、浅草寺では享保年間(1716~36)ごろより「四万六千日」と呼ばれ、そのご利益は46,000日分(約126年分)に相当するといわれるようになりました。7月9・10日の両日も四万六千日のご縁日と受け止められるようになり、「ほおずき市」が「四万六千日」のご縁日にちなんで開かれます。

期間 毎年7月9日・10日
場所 浅草寺 本堂

隅田川花火大会

隅田川で初めて花火が打ち上げられたのは、江戸時代、享保18年(1733)5月28日と記されている。八代将軍吉宗が全国的な飢餓や悪病の流行など、暗い世相をなんとか打開しようと、水神の慰霊を行う際に両国橋付近で花火を打ち上げたそうです。
江戸の昔から隅田川は船遊び、花火といった市民遊楽の場となっており、その優雅さは北斎、広重、豊国、一景といった画家たちによって描かれている。観客も年々多くなり、夏の夜空の光の芸術を楽しむ風物詩となっています。

期間 7月下旬土曜
場所 隅田川
○第1会場 桜橋と言問橋(ことといばし)の間
○第2会場 駒形橋と厩橋(うまやばし)の間

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8月

浅草とうろう流し

「流灯会」は昭和二十一年の復興祭のときに始まり、昭和四十年には一時燈籠流しの風情はなくなってしまったのですが、平成十七年に隅田川親水テラスの連続化及びスロープ整備が整い、さらに国際的に東京を魅力ある都市空間として再生することを目的とし、水辺空間における浅草の観光、景観や回遊性などの特徴をいかし、憩いと賑わいの場づくりを率先して創造し、隅田川との魅力あるふれあいを高める意味からも「流灯会」が開催されました。

期間 8月中旬
場所 吾妻橋~言問橋 隅田川沿い遊歩道コース
灯篭流し 隅田川 吾妻橋親水テラス沿い
(灯篭は吾妻橋方向へ流れます)

万霊灯篭供養会

毎年8月15日の終戦記念日の夕刻、浅草寺本堂では万霊燈籠供養会が執り行われます。この法会は戦没者慰霊のための「流燈会」として昭和21年(1946)に始められたものです。 かつては本堂での読経に引き続き、隅田川にて「川施餓鬼(かわせがき)」供養と「燈籠流し」という形をとっておりましたが、現在では燈籠流しに代わり本堂外陣の中央に施餓鬼棚を設け、これを中心として、「戒名(または先祖代々)」と「施主名」が書かれた燈籠の棚を並べ置き、供養法要が行われてます。

期間 毎年8月15日
場所 浅草寺 本堂

浅草サンバカーニバル

「江戸下町情緒」のイメージが定着している浅草ですが、新しもの好きなのが浅草ッ子の気質です。サンバカーニバルと浅草の関係はこんな気質から生まれ、浅草サンバカーニバルは東京下町の夏を代表するお祭りのひとつにまでなっています。現在では、出場するチームも全国区のものとなり、またサンバの本場、ブラジルの人たちからも非常に高い評価をいただいています。

期間 8月下旬
場所 馬道通り~雷門通り

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9月

下町コメディ映画祭in台東

2008年11月、東京都台東区において誕生した日本初の本格コメディ映画祭「したまちコメディ映画祭in台東」です。近年90,000人以上の来場者でにぎわったこのコメディ映画の祭典は、これまでの首都圏の映画祭にはない住民参加型の映画祭であり、下町の活気あふれるこの映画祭を通し、世の中を元気にするような「にぎわい」を創り出していくことで、「文化・芸術のまち」、「昔ながらの下町」としての魅力を感じるイベントです。

開催日 9月中-下旬
場所 ○浅草地区 「浅草公会堂」/「浅草中映劇場」
○上野地区 「上野恩賜公園野外ステージ(不忍池水上音楽堂)」/「上野東急2」

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10月

菊供養会

浅草寺の菊供養会は明治30年(1897)、第19世貫首 奥田貫昭大僧正の法話「観世音菩薩と菊慈童」がきっかけとなり、翌年明治31年(1898)9月9日の「重陽の節句」より始められた行事で、戦後10月18日と定められました。浅草寺では菊供養会の当日、ご信徒の持参する献菊(小菊、境内にて授与)と、すでに献花された下供菊とを交換することで賑います。また菊の葉に『観音経』の経文を書写して長寿の祈願をした「菊のお守り」も授与されます。他にも本堂では午後2時から法要が営まれ、境内では「金龍の舞」の奉演が行われます。

期間 毎年10月18日
場所 浅草寺 本堂

金龍の舞

昭和33年(1958)、本堂再建を記念して創始奉納されたのが「金龍の舞」です。浅草寺の山号「金龍山」から名をとったこの舞は、『浅草寺縁起』に観音示現の時「寺辺に天空から金龍が舞い降り、一夜にして千株の松林ができた(現世利益ともなる五穀豊穣の象徴)」とあることから創作されたものです。松林に見立てた松慈童と、観音さまを象徴する「蓮華珠」が1名、これを守護する「金龍」を8名が操作し、お囃子の中、勇壮華麗な舞が行われます。

期間 毎年10月18日
場所 浅草寺 境内

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11月

浅草酉の市

十一月酉の日の午前零時に打ち鳴らされる「一番太鼓」を合図に始まり、終日お祭が執り行われます。十一月に酉の日が二回ある時は二の酉、三回は三の酉といわれます。以前は、酉の祭(とりのまち)と呼ばれていましたが、次第に市の文字があてられてきました。祭に市が立ったのです。酉の市(酉の祭)は、鷲神社御祭神の御神慮を伺い、御神恩に感謝して、来る年の開運、授福、殖産、除災、商売繁昌をお祈りするお祭です。

期間 酉の日
場所 鷲神社(おとりさま)境内

白鷺の舞

昭和43年(1968)の「東京百年祭」を記念して創始奉納されたのが「白鷺の舞」です。京都八坂神社の祇園祭の「鷺舞(さぎまい)」を参考にして、『浅草寺縁起』の遷座(せんざ)式に登場する「白鷺の舞」を再興したものです。「白鷺」8名、「武者」3名、「棒ふり」1名、「大傘」1名、「楽人」19名、浅草寺幼稚園園児による「守護童子」などにより構成される美しい舞です。

期間 毎年11月3日
場所 浅草寺 境内

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12月

歳の市(納めの観音)羽子板市

毎月18日は観音さまの「ご縁日」。特に12月の「納めの観音」は一年の締めくくりとして、より多くの参拝者が訪れます。江戸時代、毎年12月17・18日に正月用品や縁起物を売る店が境内に集まり「歳の市」と呼ばれ、毎年この市で求めることを吉例とした人々で賑わう市としてその名が知れ渡りました。現在この「歳の市」は「羽子板市」としてその形をとどめており、「納めの観音ご縁日」の前後も含め、12月17~19日に境内に数十軒の羽子板の露店が軒を連ねます。

期間 毎年12月17日-19日
場所 浅草寺 境内

除夜の鐘(点打供養会)

弁天山にある浅草寺の時鐘は、戦災で鐘楼は焼け落ちてしまいましたが、鐘そのものは無事でした。終戦直後に鐘楼が建設され、昭和26年の大晦日から、百八人の信者によって除夜の鐘が打たれるようになり今日まで続いています。これを百八会というようになり、浅草の逝く年を送る重要な年中行事となっています。鐘を打つのは、地元の人が中心ですが、浅草ゆかりの深い歌舞伎役者、落語家、漫画家などもおり、新年を迎える浅草に彩りを添えてくれます。

期間 毎年12月31日
場所 浅草寺 境内

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