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加須 イメージ

加須|ハイキング&ウォーキング

※歩く時間は目安です(休憩などは含みません)。

ジャンボ鯉のぼりで知られる街、この地に培われたカンゲキの味がある。

関東三大不動尊の一つ、加須總願寺と、市内に30を超える手打ちの店があるうどんの街・加須を楽しむウォーキングです。加須は、鯉のぼりの町として知られ、毎年、5月のゴールデンウイークには、全長100mのジャンボ鯉のぼりが、加須駅から北へ約7km行った利根川河川敷で、大空に舞うことで知られています。その大きさには何しろビックリです。ただ、当日は会場への道路は渋滞します。車には十分注意してください。

ウォーキング コースマップ

加須コース

  • 01加須駅
  • 徒歩 5分
  • 02千方神社
  • 徒歩 5分
  • 03光明寺
  • 徒歩 15分
  • 04龍蔵寺
  • 徒歩 20分
  • 05總願寺
  • 徒歩 40分
  • 01加須駅
加須 印刷用コースマップイメージ
印刷用コースマップはこちら(PDF)

※本データは平成27年9月現在のものです。変更されている場合もありますので、事前にご確認のうえ、お出かけください。

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コースのポイント

加須のジャンボ鯉のぼり

加須のジャンボ鯉のぼり
(ジャンボの下に小さく見えるのが普通サイズの鯉のぼりです)

鯉のぼりのまち(こいのぼりのまち)

“加須”と聞いて、まず思い起こすのは“鯉のぼり”でしょう。
日本一といわれる鯉のぼりの生産量を誇るまちです。手書きの鯉のぼりは、職人が刷毛で一筆一筆丁寧に、精魂込めて描いていくもので、一つの色彩を縦横に使い、18もの行程を費やし完成します。熟練の職人でも1ヶ月以上もかけて完成した鯉のぼりは、今にも、龍となって天にも昇る威勢の良いものです。

千方神社

千方神社

千方神社(ちかたじんじゃ)

創建年月日は不明ですが、伝わるところによれば、藤原秀郷の六男、鎮守府将軍修理太夫千方を祀ったといわれています。

石敢当

石敢当

石敢当(せきかんとう)

石敢当とは、夜中に悪魔が街を彷徨う際、真っ直ぐにしか走れない悪魔が、突き当たりの家々にぶつからないよう突き当たりの場所に設置された魔除です。千方神社の石敢当は、高さ約120cm、幅約50cmで市場の守護神として文化14年(1817)に建てられました。

光明寺

光明寺

光明寺(こうみょうじ)

本尊は高さ約70cmの阿弥陀如来立像。両脇の観世音菩薩、勢至菩薩とともに寄木造りで、室町時代の作と伝えられています。

龍蔵寺の山門

龍蔵寺の山門

龍蔵寺(りゅうぞうじ)

文和4年(1355)、布教のため旅の途中にあった教蔵上人が、この地に棲む白龍を退治し、龍と教蔵から一字を取って寺院を建立したのがはじまり。江戸時代には、徳川幕府から寺領を保護され、3代将軍家光から、後の将軍にかけての9通の朱印状が当寺に保存されています。朱印状は将軍からの御墨付のことで、将軍以外は、大名といえども墨印であったといわれています。

大イチョウ

教蔵上人が退治した、百丈の大白龍の頭があった地に植えた樹齢約600年、高さ約20mの大イチョウの木。近くにはその白龍が水を飲んだといわれる龍水井戸もあります。

木造阿弥陀仏如来像

寄木造りで高さは約1m。親鸞上人の高弟、性信上人の門弟が勧進し、慈恩寺の仏師により造られたことが像内に墨書されており、国の重要美術品に認定されています。

總願寺(不動堂)

總願寺(不動堂)

總願寺(不動ヶ岡不動尊)
(そうがんじ(ふどうがおかふどうそん))

関東三大不動尊の一つ。仁和2年(886)、光孝天皇は重病に臥していましたが、三井寺開山の師、智證大師が不動明王に、病気平癒を祈願したところ全快しました。天皇はすぐさま不動明王像を造り、守護仏として宮殿に安置していました。その後、像は盗難、洪水といった災難の下、この加須の地に流れ、祀られていました。時代は過ぎ、元和2年(1616)、高野山の総願上人がこの地を来訪し、總願寺を建立し、明王像を安置したのがこの寺のはじまりです。

「火渡り式」など、多くの行事が行われる名刹ですが、節分時には長さ3m、重さ25kg の燃えさかる大松明を持った赤鬼、剣を掲げた青鬼、棍棒を抱えた黒鬼が、不動堂の回廊を駆け回る“節分会、鬼追い豆まき式”が行われ、多くの参拝客はもちろん、TVなどでも放映されます。

不動堂

不動明王像のほか、倶利伽羅不動剣が安置されています。倶利伽羅とは梵語で龍王が巻きつく意味で、岩の上に立ててある剣に、不動明王の化身である龍が剣を呑み込もうとしている様子を現しており、銘から元文4年(1739)の作品と伝えられています。

黒門

関東七名城のひとつといわれた行田市の忍城。豊臣秀吉の北条攻めの中で行われた秀吉の家臣石田三成の水攻めにも耐えた名城といわれています。忍城は、明治になって取り壊されましたが、総欅造りの一枚板の城門を、總願寺に移築し、現在に至っています。

関連リンク

ご注意

  • ハイキングマップは、道路・地形等の変化により現状と異なる場合があります。お出かけの際は、万一に備えて、最新の地図等をご持参してお出かけください。
  • 記載されている地図のコース距離は、地形図上で測定したものです。歩く時間などは一応の目安にしてください。
  • 本文に記載のデータは、経年により変更されている場合もありますので、事前にご確認のうえ、お出かけください。
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