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まち見聞記

循環バスや自転車をうまく利用したい「行田市」 イメージ

2012年08月 更新

古代、中世、近世の名所、旧跡をめぐる

循環バスや自転車をうまく利用したい「行田市」

忍城趾・水城公園・さきたま古墳公園
埼玉県行田市/最寄り駅:東武スカイツリーライン経由秩父鉄道 行田市駅

縄文時代の遺跡や遺物が多く出土しており、戦国時代に築城された関東七名城のひとつがあり、江戸時代から始まり大正時代に飛躍的に伸びた産業が有名な行田。長い歴史と文化を大切に保存して後世に伝えていく姿勢が感じられる町だ。ウォーキングのポイントは文末に記した。

名所、旧跡がたくさんある行田。

東日本最大の古墳群や関東七名城に数えられた城跡があり、足袋の生産では現在でも全国トップのシェアを誇る町、行田。古代、中世、近世の名所、旧跡がたくさんある行田を歩いてみよう。

東武スカイツリーラインを経由して東武伊勢崎線羽生駅まで行き、そこから秩父鉄道に乗り換えて約15分で行田市駅に到着。
駅を出たら、まずは忍(おし)城跡へと向かう。5分ほど歩き国道125号線に出ると、銅で作られたわらべ人形と出会った。1998年に制作された39基の櫓(やぐら)に立つ39体のわらべたち。昔懐かしい遊びに興じる男の子やおしとやかな女の子が表情も豊かに道行く人を見守っている。2004年にはそれぞれのわらべに里親もでき、その名前が櫓に書かれていた。

銅のわらべ人形

銅のわらべ人形。125号線に39体

市役所の近くから忍城の御三階櫓が見えてくる。お城が見える町というのはいいなあ、やはり

市役所の近くから忍城の御三階櫓が見えてくる。お城が見える町というのはいいなあ、やはり

忍城趾の御三階櫓。天守閣と違いものすごく大きいわけではない

忍城趾の御三階櫓。天守閣と違いものすごく大きいわけではない

忍城趾にある「行田市郷土博物館」。老若男女のお客さんで大賑わい

忍城趾にある「行田市郷土博物館」。老若男女のお客さんで大賑わい

関東七名城のひとつ
忍城趾は人気がある。

駅を出て10分ほどで遠くにお城が見えてきた。「浮き城の径」を通りさらに10分ほど歩くと、眼前にお城が現れる。綺麗な形だがそれほど大きくはない。忍城には天守はなく、目の前に現れたのは、御三階櫓(ごさんかいやぐら)なのだ。
忍城は室町時代の文明年間(1478年頃)に成田顕泰によって築城された。豊臣秀吉の関東平定の際、石田三成による水攻めに耐え抜いたため「浮き城」と呼ばれるようになった、守りやすく攻めにくい名城だ。
東門から入り、鐘楼の近くを通って奥へ行くと「行田市郷土博物館」がある。「行田の歴史と文化」をテーマに、忍城築城からの歴史や江戸時代の城下町の様子、足袋製造の歴史、古墳を中心とした古代の行田などがさまざまな展示とともに解説されている。
この日は休日とはいえ、ちょっとビックリするくらい多くの人が入館していた。意外と人気が高いぞ、行田市。
御三階櫓のなかも展示室になっている。この櫓は明治時代に取り壊されたものを1988年に再建したもの。最上階(といっても4階程度の高さだけど)は展望室となっているのだが、“絶景!”というほどではなかった。櫓内にはエレベーターはなく、すべて階段なので、お年寄りや足の不自由な方は注意。

忍城を出て向かうのは
東日本最大の古墳群がある、「さきたま古墳公園」。

忍城のすぐ近くには、「水城公園」がある。忍城の外堀を利用して作られた公園で、開園は1964年。結構古いのだ。
あおいの池やしのぶ池があり、四季折々の植物が楽しめるらしい。桜も多く、春はたくさんの観光客で賑わいそうだ。池の周りでは釣りをしている人がたくさんいた。どうやら無料のヘラブナ釣り場としては有名らしい。ヘラブナということは、食べる釣りじゃなくて、楽しむ釣りだね。
古代蓮の池や田山花袋の碑などもある。

古墳群を目指して旧日光裏街道を歩く。
まだ水城公園に近いところに、昭和初期に建てられた貴重な木造の足袋蔵や、国指定有形文化財の建物などもある。
駅近くにはレンタサイクルもあるので、自転車でまわるのもひとつの手だろう。ただその場合は、いろいろなものを見落とす可能性も高くなる。あまり案内表示がないので、地図をしっかり見ないと古戦場跡や小さな古墳は素通りしてしまうだろう。
行田へ来てから初遭遇の古墳「大日塚古墳」なんて、自転車だったら気付かなかったかもしれない(見どころ写真参照)。

水城公園近くの「駒形屋」。「ゼリーフライの店」と大きく書かれている

水城公園近くの「駒形屋」。「ゼリーフライの店」と大きく書かれている

最初に見たのは住宅街にある小さな「大日塚古墳」

最初に見たのは住宅街にある小さな「大日塚古墳」

「さきたま古墳公園」。食事もできる「さかもと」。水分補給を忘れずに

「さきたま古墳公園」。食事もできる「さかもと」。水分補給を忘れずに

9つの古墳がある
「さきたま古墳公園」を歩く。

水城公園から40分ほど歩いてようやくさきたま古墳公園の入口へと到着した。
後半の道が楽しくなかったことと照りつける太陽で、すでに疲労ぎみ。入口近くには名物ゼリーフライなどを売っているお店もあるが、とりあえずここはあとにして、公園内にある手打ちうどんだけで勝負しているらしいお店へと向かった。まだ12時半過ぎだ。とりあえず腹ごしらえを。

土日のみ営業している「古墳亭」へ。
・・・・・・閉店していた。
お休みではなく、後片付けをしている女性に、「ごめんなさいね~、終わっちゃったの」と言われた。11時開店、なくなり次第閉店とのこと。食べ損ねた。うなだれるしかなかった。

気を取り直して入口へ戻り、民芸はにわと御食事の店「さかもと」へ。行田名物のゼリーフライをいただくことにする。
ゼリーフライというのは、ジャガイモやネギ、ニンジンやおからと小麦粉を混ぜ合わせ、小判型にして揚げたもの。甘くてプルンとしたゼリーのことではなく、その形から“銭フライ”という呼び名が変化したものらしい。日露戦争時代に中国から伝わったといわれている。

ソース味でモチッとしている。かじってみると確かにたくさんの野菜が入っているようだ。お腹はペコペコなのだが、5個も6個も食べている大人ひとりというのもどうかと思うので、ひとつだけ食べて早速古墳を見に出発することにした。

「さきたま史跡の博物館」がある南側からまわってみる。

入るとすぐ左手に「はにわの館」という小さな建物が。入って見ると、どうやらはにわ作りが体験できるらしい。この日は多くの家族で満席。みなさん熱中して独自のはにわ制作に没頭していた。
その隣の休憩舎では、「忍城おもてなし甲冑隊」というパフォーマンスグループがコミカルな演舞を行っていた。行田市が観光客向けに結成したもので、おもに忍城などでパフォーマンスを行っているらしい。
奥へ歩くと、「埼玉県名発祥之碑」がある。埼玉県は以前は埼玉郡だったのだが、それも当初は前玉(さきたま)郡だったという表記も残っていたらしい。ここには古墳群があり埼玉郡の中心地だったと考えられ、前玉神社のあったこの地に碑を建てたとのことだ。
その先には江戸時代末期と明治時代初期に建てられた民家が移築されており、その向かいに「さきたま史跡の博物館」がある。

「さきたま古墳公園」。はにわ作りが体験できる「はにわの館」

「さきたま古墳公園」。はにわ作りが体験できる「はにわの館」

「さきたま古墳公園」。「忍城おもてなし甲冑隊(かっちゅうたい)」がパフォーマンスを行っていた。スケジュールはHPで確認できる

「さきたま古墳公園」。「忍城おもてなし甲冑隊(かっちゅうたい)」がパフォーマンスを行っていた。スケジュールはHPで確認できる

「さきたま古墳公園」。移築民家近くの「瓦塚古墳」

「さきたま古墳公園」。移築民家近くの「瓦塚古墳」

「さきたま古墳公園」内「さきたま史跡の博物館」に展示されている金錯銘鉄剣。裏表が見えるように展示されている

「さきたま古墳公園」内「さきたま史跡の博物館」に展示されている金錯銘鉄剣。裏表が見えるように展示されている

古代の金がいまも光る
副葬品に見入ってしまった。

ここには古墳から出土した副葬品やはにわなどが展示されている。
見たいと思っていた目当ての品がある。
古代豪族のヤマト王権の大王家に仕えてきたヲワケという人物の「金錯銘鉄剣(きんさくめいてつけん)」だ。稲荷山古墳から出土した剣で、金を埋め込んだ装飾の金象嵌で最も数の多い115文字の金石文が刻まれている国宝だ。
それは展示場の中央に、縦に飾られていた。
西暦471年に記された(という説が強い)金の文字が、現在でもピカピカ光っている。
しばし見惚れる。
剣の展示の仕方も美しい。一見の価値ありだ。

博物館を出たら、いよいよ古墳群をまわる。

南側にあるのは、奥の山古墳、鉄砲山古墳、瓦塚古墳、中の山古墳の4つ。いずれもあまり大きくはない。周囲を歩いて見られる。登ることはできない。
林の中を散歩するようにして再び県道へ出た。「さかもと」から北側へ入る。
入ってすぐ右手にもっとも小さい前方後円墳の愛宕山古墳がある。実はここは「古墳亭」へ向かうときに見ていた。
「古墳亭」から見えるのが、もっとも大きな前方後円墳の二子山古墳だ。5世紀末に造られたといわれている。この大きな古墳の周りには堀があり、その外側から見ることしかできない。
そこから東へ向かうと将軍山古墳がある。ここには展示館があり、実物の横穴式石室を見学することができる。
そこから北西へと戻ると、蓮池がある。水城公園の蓮も綺麗だったし、ここも綺麗でトンボも飛んでいる。

そこから忍城を水攻めにしたときに築いた堤の跡を通って丸墓山古墳へ向かう。ここは日本一大きな円墳だ。6世紀前半に造られたといわれている。
ここまでで公園内をグルグルと2kmほどは歩いただろうか。そろそろ休もうかなと思っていたのだが、この大きな円墳は登れるようになっていた。
やや急な階段を前に、若い娘さんが、「えー! これ登るの~! まじー!?」と言っている。心のなかで同意。
しかし登ってみるとこれがまた見晴らしがよくて気持ちがいい。忍城の御三階櫓とは逆だった。丸墓山古墳からはその御三階櫓までが見渡せた。

お隣の稲荷山古墳は前方後円墳。金錯銘鉄剣をはじめ、たくさんの副葬品が出土し、それらが国宝に指定されている。こちらも登れる。家族連れのなかの男の子が上の方で、「76段あったよー!」と叫んでいる。そ、そうですか・・・・・・。
お墓の上部には埋葬施設の復元なども造られていた。登るのはちょっと疲れるが、高いところはやはり気持ちがいい。

「さきたま古墳公園」。もっとも小さな前方後円墳「愛宕山古墳」。ちょっとした子どもの遊び場程度のお山くらい

「さきたま古墳公園」。もっとも小さな前方後円墳「愛宕山古墳」。ちょっとした子どもの遊び場程度のお山くらい

「さきたま古墳公園」の蓮。こちらも綺麗に咲いている。トンボもたくさん飛んでいる(見どころ写真参照)

「さきたま古墳公園」の蓮。こちらも綺麗に咲いている。トンボもたくさん飛んでいる(見どころ写真参照)

「さきたま古墳公園」のもっとも大きな円墳「丸墓山古墳」。結構高いところへ登る

「さきたま古墳公園」のもっとも大きな円墳「丸墓山古墳」。結構高いところへ登る

「さきたま古墳公園」から「古代蓮の里」へ向かう遊歩道。広々とした景色は気持ちいいが、単調でちょっと退屈。「さかもと」の前からバスに乗るべきだったか

「さきたま古墳公園」から「古代蓮の里」へ向かう遊歩道。広々とした景色は気持ちいいが、単調でちょっと退屈。「さかもと」の前からバスに乗るべきだったか

「古代蓮の里」。行田蓮を見るのはこの日、3カ所目

「古代蓮の里」。行田蓮を見るのはこの日、3カ所目

名物の「フライ」どころか
うどんも食べ損ねた「古代蓮の里」行き。

稲荷山古墳の円部分から降りたところに「古代蓮の里」と書かれた矢印表示があった。2kmほどあるらしいが、向かってみることにした。
しかしいま思えば、蓮はこのさきたま古墳公園内のものも水城公園の古代蓮も堪能したのだから、無理に向かうことはなかったかもしれない。
水路と田んぼに挟まれた遊歩道は退屈だった。ここも自転車があれば気持ちよく走れたかもしれない。約30分炎天下のなかを歩いて古代蓮の里へ到着。
もう夕方だが、ここまでゼリーフライひとつしか食べていない。遠くから「売店」や「うどん」の大きな文字が見えた。疲れてはいるのだが早歩きになり、店先へ。

・・・・・・閉店していた。午後2時までって。
古代蓮会館という施設もあり、タワーもあるのだが、最終入場締め切り16時。
16時半には「蛍の光」のメロディが流れてきて、近くで蓮を見ていたご夫婦の男性が、
「夏なのにこの時間で閉めるってのはどうなんだろうな!」
と大きな声で言っていた。心のなかで同意。

駅を出てから約7時間。歩き続けたのでここで終了。
バス停があったので見てみると、市内循環バスが1日に8本(右回り4本、左回り4本)運行していた。当然乗る。
「さきたま古墳公園」を経由して「水城公園」まであっという間だった。この日、陽に焼かれながら歩いたコース・・・・・・バスに乗ればよかった。

バスを上手に利用しましょう。 写真・文/はるやまひろぶみ

見どころを写真で紹介

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