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「北千住駅」は西口も東口も楽しめる イメージ

2012年06月 更新

隅田川近くのおばけ煙突のその後と荒川近くの下町散歩

「北千住駅」は西口も東口も楽しめる

おばけ煙突・隅田川・荒川
東京都足立区/最寄り駅:東武スカイツリーライン(伊勢崎線) 北千住駅、牛田駅

隅田川と荒川に挟まれた北千住駅。かつて人々に愛されたランドマーク“おばけ煙突”の面影を探しに西口を歩いた。また、古き良き下町の雰囲気が残っている東口から荒川土手、牛田駅周辺もぐるぐる歩き回り、千住の人々の優しさに触れた。機会があったらまた来よう(あの肉屋とかあの中華屋とかに)。

東京都足立区の下町、北千住。

東武スカイツリーライン(伊勢崎線)北千住駅。
東武鉄道の開業は1899年(明治32年)で、北千住駅から久喜駅までであった。そのため0キロポスト*は浅草駅ではなく北千住駅に設置されている。現在は東京メトロの複数線との直通運転も行われている東京側の拠点駅となるわけだ。しかも、東京メトロ以外も含めると全4社5路線が乗り入れているほどの巨大ターミナル駅なのだ。
*:キロポストというのは、鉄道や道路の起点からの距離を示す距離標のこと。起点に置かれるのが0キロポスト。

東京都足立区の下町、北千住。今回は40年以上前に存在した“おばけ煙突”の名残を訪ねてみる。ちなみに足立区に“北千住”という住所は存在しない。これは駅名のみ。

北千住駅西口イメージ

北千住駅西口。綺麗な駅前でさまざまなタイプのお店がいっぱい

在りし日のおばけ煙突の姿。

在りし日のおばけ煙突の姿。東京電力足立営業センター内には寄贈されたおばけ煙突の写真が数点展示してある

ランドマークとして愛されたおばけ煙突。

おばけ煙突というのは、千住火力発電所(現・東京電力)が大正15年から昭和2年にかけて建設した4本の煙突のこと。建設費は当時の金額で1500万円から2000万円だったといわれている。高さ83.8メートルの4本の煙突は、瞬く間に千住のシンボルとなり、当時はかなり遠くからでも見えるため、多くの人にランドマークとして愛されるようになった。
しかしなぜそのように愛されている4本のシンボルが、おばけ煙突と呼ばれるのか。それはまさに、その“4本”というところにも要因があった。4本の煙突が建てられている位置が菱形だったため、見る角度によっては煙突が重なり、太い1本であったり、2本、3本であったりと、その本数が変化する不思議なものだったのだ。
また別の理由もある。当時は火力発電が予備電力用だったために、日常的に稼働していたわけではなかった。それゆえ、たまに稼働すると思い出したように煙突から煙が吐き出されていたわけで、それがおばけのようであるとか、火葬場が連想されたともいわれていた。
その後、1964年(昭和39)におばけ煙突は撤去された。前年には住民による「お別れ会」が開催されるほど愛されていたという。

北千住駅の西口を出た。

駅ビルには丸井とルミネがあり、もはや下町の雰囲気はない。コンコースを通ってそのまま駅前通りを西に向かう。アーケードの商店街が続き、北と南にもそれぞれ名前のついた商店街が伸びている。北が「宿場町通り」なのだが、その向かいの南側が「千住ほんちょう商店街」だったりして、通り1本で名前が変わったりしている。そういうところは下町らしさが感じられた。
国道4号線・・・・・・いわゆる日光街道と交差するまでのアーケード商店街は、店舗が連なる大都市と変わらない雰囲気だった。だが、日光街道を越えるとアーケードはなくなり、店もまばらになる。商売気が緩やかに下降したようなディスカウントショップやリサイクルショップ、年季の入った金物屋さんなどが現れてくる。
駅を出発して20分ほど経ったころだろうか。左手に、実に雰囲気のいい店があり、気になってしまった。
「いり豆・落花生・加藤商店」という看板が出ている。豆菓子のお店だ。あられや煎餅も売られている。木枠のケースに多種類の豆菓子が入れられており、古い上皿さおはかりが置かれている(左写真参照)。量り売りをしているようだ。昭和を感じさせる。
ここは豆を機械でむかない「手むき」をしている珍しい店で、創業はなんと昭和5年。豆を直接仕入れてお店で炒るなどの加工をしている。煎餅は草加などから商品をそのまま仕入れているらしい。
しばらく見ているとご近所の常連さんが何人か買いに来ていた。料亭などにも卸しているという情報もある。いつまでも残っていてほしいタイプの店だ。こういう店に出会うと、ついつい時間を忘れて見てしまう。

国道4号線を越えたあたりにある「いり豆・落花生・加藤商店」

国道4号線を越えたあたりにある「いり豆・落花生・加藤商店」

「いり豆・落花生・加藤商店」。これが上皿さおはかり

「いり豆・落花生・加藤商店」。これが上皿さおはかり

「いり豆・落花生・加藤商店」では豆菓子のほか煎餅やあられもたくさん売っている

「いり豆・落花生・加藤商店」では豆菓子のほか煎餅やあられもたくさん売っている

「元宿堰稲荷神社」。おばけ煙突の鎮守様だった稲荷神社

「元宿堰稲荷神社」。おばけ煙突の鎮守様だった稲荷神社

我に返り、目的地へ向かって再出発。

駅を出てから約30分ほどだろうか。ようやくおばけ煙突があった場所に到着した。現在は、東京電力足立営業センターになっていて、おばけ煙突ならぬ赤と白のおばけ電気塔がそびえ立っていた。

そこからさらに北へ進むと、おばけ煙突があった土地の鎮守様がある。「元宿堰稲荷神社」だ。横には小さめの木に「旧千住四本煙突守護社」と書かれていた。
さらに北へ進む(正確には北西)。
すると左手に「帝京科学大学」の千住キャンパスが見えてきた。そちらへ曲がると土手へ上がる階段に突き当たる。階段を昇ると眼前には隅田川が横たわり、左前方には東京スカイツリーがそびえ立っている。おばけ煙突に代わるランドマーク、おばけタワーだ。確かにこのタワーも見る位置によって少し形が変わるしね。
隅田川に沿って歩くと・・・・・・あった! 煙突だ。
といっても煙突が立っているわけではない。煙突を輪切りにした一部分がモニュメントとして置かれているのだ。

1964年の解体後、おばけ煙突の一部は、
足立区立元宿小学校に寄贈された。

輪切りの半分を使用して、子どもたちが楽しむ滑り台に変身したのだった。しかしその後、元宿小学校は廃校になってしまい、滑り台を楽しむ子どもたちはいなくなってしまった。
それが現在、ここ「帝京科学大学」にモニュメントとして飾られているわけだ。実際の煙突部分は円形の上半分。滑り台だったからね。
輪切りのさらに一部だとしても、地元の人々に愛されたおばけ煙突の実物に会えるのは、感慨深いものがある。しかも、隅田川のほとりで、もともと煙突が立っていた場所にある赤白の電気塔や、現代の最新ランドマークである東京スカイツリーと一緒に見ることができるのだ。昭和20~30年代、昭和40年代~現代、そして平成24年完成というそれぞれ激動の時代に天を突いているシンボルを同時に見られるということに、「すごい場所だな」と少しだけ興奮していた。
興奮しはじめたのだが、横には昼食を食べて談笑している女子大生がいたので、スッと冷静になり、来た道を戻ることにしたのだった。

「帝京科学大学」に設置されているモニュメント。これがおばけ煙突(の一部)だ!20分の1の縮小モデルもあり、1本から4本への見え方も追体験できる。右には東京スカイツリーも(その上に見えるのは飛行船。UFOではありません)

「帝京科学大学」に設置されているモニュメント。これがおばけ煙突(の一部)だ!20分の1の縮小モデルもあり、1本から4本への見え方も追体験できる。右には東京スカイツリーも(その上に見えるのは飛行船。UFOではありません)

北千住駅東口。西の顔と東の顔がかなり違っている。東に歩き荒川へ向かう

北千住駅東口。西の顔と東の顔がかなり違っている。東に歩き荒川へ向かう

「千住 にくや」。シンプルな名前で良質の肉を安価に提供している下町の名・迷店

「千住 にくや」。シンプルな名前で良質の肉を安価に提供している下町の名・迷店

東口を出て荒川へ向かう
下町の入り組んだ小路が楽しい

駅に戻り、今度は反対側の東口に出てみた。北千住駅は、西に隅田川、東に荒川が流れている狭い千住地区の真ん中にある。東口から荒川にかけてのエリアは、テレビドラマ「3年B組金八先生」のロケが行われた場所としても有名だ。
西口と違い東口には、昔ながらの道幅のそれほど広くない商店街が広がっていて、「学園通り 旭町商店街」というゲートがある。下町らしいとても安心できる空気感だ。
真っ直ぐ進むとT字路に突き当たり、それを左に行くと、テレビでも紹介されたことのある肉屋がある。名前はドストレートに「千住 にくや」だ。牛肉を中心としたごく普通の町の肉屋さんなのだが、息子さんが肉の卸しをしており、できるだけ廃棄をしないように予約販売を中心にすることでいい肉を安く提供しているらしい。また、「特選牛もつ煮込み 1人前500円」というのも人気が高いという。
ここまで3時間ほど歩きっぱなしなので、さすがにお腹も減ってきた。「中華ちまき 豚角煮入り」(120円)を購入。「ここで食べちゃうか」と思ったら、「蒸してくださいね」と言われた。冷凍してあるらしい。残念。

東へ進むとさらに道幅は狭くなり、
住宅街の間にお店が並ぶようなエリアに入る。

路地でおじいさんが金属バットで素振りをしていたり、店先で猫が昼寝をしている、実に和むエリアだ。おばちゃんに荒川へ出る道を訊いたら3種類の行き方を丁寧に教えてくれた。
ほどなくして荒川沿いに到着。土手への階段を駆け上がった。
川幅が日本一だという荒川はさすがにでかい。日本一なのは埼玉県鴻巣市の辺りだが、ここ千住でもなかなかに太い。つくばエクスプレスや京成線が走る陸橋と首都高速道路が見渡せて、河川敷には野球やサッカーをするグラウンドがある。その横の歩道には散歩をする人や自転車で滑走する人が行き交っている。それらを見下ろす形になるこの土手。あの金八先生が歩いていた土手は、どこまでも歩いていきたくなるような土手だった。北千住の隣の駅、牛田駅に向かうため南へ進むと、右手に東京スカイツリーのほぼ全体像が見えてきた。

荒川の土手を歩く。これは北方向。つくばエクスプレスの陸橋が見える。金八先生は・・・・・・いない

荒川の土手を歩く。これは北方向。つくばエクスプレスの陸橋が見える。金八先生は・・・・・・いない

荒川土手から見えた東京スカイツリー。本当にどこからでも見えるな

荒川土手から見えた東京スカイツリー。本当にどこからでも見えるな

牛田駅へと向かう。

土手を降りると堀切駅が見えていたが、駅前に飲食店が多そうな牛田駅へと向かうことにする。が、また住宅街へ入り込んでしまった。軒先を掃いていたおばちゃんに道を訊く。いわれた方へ歩き出すが、教えてくれた細い道というのがよくわからなかったのでふと振り返ってみたら、50メートルくらい先でおばちゃんがぶんぶん腕を振って右を指していた。少し腰が曲がった細いおばちゃんが見守ってくれていたことに嬉しくなる。

下町の道は入り組んでいて
わかりにくいものなのだよ。

東武スカイツリーラインの線路がすぐ近くにある道を歩いていたら、右手に「柳原千草園」という公園が現れた。子どもたちが7~8人遊んでいる。その名の通り、とてもたくさんの植物が見られるようだ。また野鳥や昆虫も多くの種類が棲息しているらしい。じっくり散歩をすればいろいろな発見もありそうだが、それはまた別の機会に。

「3年B組金八先生」では撮影班が何度も来て溜まり場になっていたという「和菓子 中華そば 日の出屋」を覗いたり、劇中にもよく出てきた桁下1.7メートルのガード下をくぐり、走る電車を真下から見る迫力を楽しんだりしながら、ようやく牛田駅近くに到着した。

駅近くまで来ながらまた道を訊くという体たらくではあるが、下町の道は入り組んでいてわかりにくいものなのだよ。「道なり」といいつつ小路がたくさんあるし。
でもそういうところが散歩の楽しさなのだけどね。 写真・文/はるやまひろぶみ

牛田駅に向かう途中、「柳原千草園」横には東武スカイツリーラインの線路が。間近を電車が走るが、それほど騒音はない

牛田駅に向かう途中、「柳原千草園」横には東武スカイツリーラインの線路が。間近を電車が走るが、それほど騒音はない

見どころを写真で紹介

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