東武鉄道沿線ハイキング・ウォーキング・
トレッキング情報

東武線沿線 自然ハイキング

おじまコース イメージ

おじまコース

※歩く時間は目安です(休憩などは含みません)。

徳川氏発祥のロマンにふれながら、数多い史跡の展開が楽しいハイク。

15代もの将軍を輩出し、一時代を築いた徳川家。そのルーツがここ太田市尾島町世良田です。新田家の始祖である新田義重の子、義季がこの所領を義重から譲り受け、徳川姓を名乗ったのがはじまり。しかし、その後、義季の子孫である親氏のときに南北朝の動乱期を迎えました。親氏は新田義貞戦死を受けた新田一族への追捕を逃れるため、現在の愛知県にある松平郷に流転し、松平姓を名乗ることとなりました。そして親氏より8代後が徳川家康です。
徳川家康は北条氏滅亡後関東を治めましたが、この徳川発祥の地を朱印地とし、課役年貢等免除しました。また、信任厚かった日光山輪王寺住職の天海僧正を長楽寺の住職にも任じ、天海は寺院の復興に努めました。その後も幕府により、この地区の社殿は幾度となく増修復がすすめられ、その見事さは「お江戸みたけりゃ世良田へござれ」と謡われるようになりました。
ハイキングは木崎駅から田園風景豊かな中、新田氏・津軽氏の史跡を経て、徳川発祥の地を訪ねます。コース道標は要所要所に整備されており、また、赤城山を眼前にしながらの歩みは飽きることがありません。ただ途中、信号のない車道横断が幾度かあります。車には十分注意してください。

ハイキング コースマップ

おじまコース

  • 01木崎駅
  • 徒歩 25分
  • 02明王院
  • 徒歩 15分
  • 03大館氏館跡
  • 徒歩 5分
  • 04東楊寺
  • 徒歩 5分
  • 05大和神社
  • 徒歩 10分
  • 06永徳寺
  • 徒歩 2分
  • 07満徳寺
  • 徒歩 40分
  • 08歴史公園
  • 徒歩 10分
  • 09総持寺
  • 徒歩 10分
  • 10清泉寺
  • 徒歩 15分
  • 11世良田駅
おじまコース 印刷用コースマップイメージ
印刷用コースマップはこちら(PDF)

※本データは平成28年1月現在のものです。変更されている場合もありますので、事前にご確認のうえ、お出かけください。

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コースのポイント

明王院境内にある千体不動塔

明王院境内にある千体不動塔

明王院(みょうおういん)

康平4年(1061)、後冷泉天皇の勅により源頼義が開き、新田義重が中興。元弘3年(1333)、新田義貞が後醍醐天皇の勅により大寺院として再建しました。また、不動堂に納められている不動明王像は、新田義貞の鎌倉幕府倒幕の挙兵時に山伏に変身して、一夜にして各地に触れ回ったと伝えられています。境内にある千体不動尊供養塔は、二段積の基礎の上に不動尊像を浮き彫りにした石をピラミッド型に積み上げた、底辺約7m 四方、高さ約6mの珍しい塔です。

大館氏館跡

大館氏館跡

大館氏館跡(おおたちしやかたあと)

新田義重の4代後の家氏がここに居住を構え大館氏の祖となりました。当時は大規模であった館跡に、現在、祠が建てられています。家氏の子孫は新田義貞に従い、全国各地を転戦したと伝えられています。

東楊寺

東楊寺

東楊寺(とうようじ)

大館地域は、江戸時代には青森津軽藩の飛地として治められていました。津軽藩は、足立氏を代官に任じ、東楊寺には足立氏に縁のある墓石などが残されています。

永徳寺

永徳寺

永徳寺(えいとくじ)

春には境内にさつきの花が咲き乱れることで知られています。伝教大師最澄の弟子、宥海上人によって大同元年(806)に創建。建久3年(1192)徳川義季がこの寺を祈願所に任じ、江戸時代には50石の朱印地を幕府より拝領する名寺でした。

満徳寺(縁切寺)資料館

満徳寺(縁切寺)資料館

満徳寺(遺跡公園)(まんとくじ)

徳川義季が建立し、娘の浄念尼が初代住職となった名刹。江戸時代には鎌倉の東慶寺とともに二つしかなかった縁切寺(駆込寺)として有名です。縁切寺としての由来は、大阪城落城時に助け出された、豊臣家に嫁いでいた徳川家康の娘千姫が、本多家と再縁するためにこの満徳寺に入寺したことによります。現在は、復元された満徳寺と、江戸時代の縁切様子を克明に展示した資料館などが遺跡公園として整備されています。
■9:30~17:00(入館16:30まで)月曜(祝日の場合は翌日)、年末年始休館。入館料200円。TEL 0276-52-2276。

徳川東照宮

徳川東照宮

徳川東照宮(とくがわとうしょうぐう)

満徳寺遺跡公園のすぐ裏にあります。松平親氏が新田一族追捕から逃れるため、この地を脱出するときに、代わりに領地を預けられた生田氏が、江戸時代に入り、この館跡に東照宮を勧請したのがはじまりです。

世良田東照宮

世良田東照宮

世良田東照宮(せらたとうしょうぐう)

寛永21年(1644)、徳川家光が日光東照宮を改増築する際、奥社殿を世良田の地に移築し、新たに本殿を新築し、東照宮を勧請しました。また朱印地 200石も与えられ、その後も幕府の手厚い保護を受けました。重要文化財に指定されている拝殿・本殿を飾る彫刻は立派で、特に本殿正面上部の「巣籠りの鷹」彫刻は左甚五郎・狩野探幽作と伝えられ、その出来栄えの見事さに野鳥が近づかないとまでいわれています。
■9:00~16:30(冬季9:30~16:00)。拝観料300円。TEL 0276-52-2045。

長楽寺山門

長楽寺山門

長楽寺(ちょうらくじ)

承久3年(1221)、徳川義季によって開かれた東日本最初の禅寺。徳川家康が関東に入府後、天海僧正を住職に任じ、末寺700余りを持つ大寺院にまで復興しました。境内には、慶安4年(1651)、徳川家光により中興された三仏堂、勅使が参拝する時にのみ使用された勅使門や太鼓門、開山堂などが点在しています。

総持寺

総持寺

総持寺(そうじじ)

新田館跡の一角に建てられた真言宗の寺院。新田義重がこの地に護摩道場を建立したのがはじまりとされています。江戸時代には学問所として36もの末寺を持つ大寺院でした。

清泉寺

清泉寺

清泉寺(せいせんじ)

藍色屋根が目印。平治の乱で平清盛に敗れた源義平(悪源太義平:源頼朝の兄)の墓所として知られています。義平の妻が新田義重の娘であったことから、首を密かに京都より持ち帰り、この地に葬ったとされています。さらに境内には、徳川吉宗の第二子で御三卿田安家の創祖である田安宗武の建立による宝篋印塔があり、この地一帯が徳川家にとって大事な地であったことを見てとれます。

新田庄歴史資料館

新田庄歴史資料館

新田庄歴史資料館(にったのしょうれきししりょうかん)

群馬県東部の9市町村の史跡を紹介するほか、旧石器時代から江戸時代にかけてのこの地区の出土品・埋蔵品を展示しています。また、長楽寺・満徳寺の収蔵品も展示され、重要文化財である長楽寺文書や、水戸光圀愛用の硯なども展示されています。
■9:30~17:00(入館16:30まで)月曜(祝日の場合は翌日)、年末年始休館(館内改修のため、2016年2月29日まで臨時休館中)。入館料200円。TEL 0276-52-2215。

関連リンク

ご注意

  • ハイキングマップは、道路・地形等の変化により現状と異なる場合があります。お出かけの際は、万一に備えて、最新の地図等をご持参してお出かけください。
  • 記載されている地図のコース距離は、地形図上で測定したものです。歩く時間などは一応の目安にしてください。
  • 本文に記載のデータは、経年により変更されている場合もありますので、事前にご確認のうえ、お出かけください。
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