東京下町の歴史を楽しんだり、浅草やグルメを堪能しながら観光名所を巡る東京下町の観光情報誌

[2014年8月 更新]

現代に甦った紙芝居を楽しむ

昭和30年代初頭には一世を風靡していた紙芝居。現在は復刻させるために頑張っている紙芝居師が個人で、そして集団で頑張っている。昔ながらのものから新機軸を打ち出すものまで、一見の価値あるものばかり。

現代に甦った紙芝居を楽しむ

紙芝居を観に行こう、呼んでみよう

最後は昭和30年代中盤くらいだったのだろうか。
公園で遊んでいると拍子木の音が聞こえてきて、荷台に大きな木の箱のようなものを乗せた自転車がやってくる。
おじさんがその木の箱についている引き出しから、水飴や煎餅などの駄菓子を出す。10円、20円でその駄菓子を買って食べている子どもたちの顔は一様にワクワクしている。
しばらくするとはじまるのが、紙芝居だ。
こんな風景が東京の下町のあちらこちらで見られたようだ。
そのころの少年少女はいま60歳代後半くらいだろうか。

紙芝居は日本で生まれた文化で、その源流は江戸時代の写し絵にまでさかのぼるといわれている。
1930年代の世界恐慌のころ、現在の紙芝居の形になり、それを生業にする人がかなり増えたらしい。背景には失業者が増え就職難になったため、手っ取り早くできる仕事として紙芝居屋を選ぶ人が多かったという説もある。

戦後、一度なくなってしまった紙芝居は、また復活する。就職難という理由もあったが、戦後の暗い雰囲気の焼け野原で子どもたちが喜ぶ姿を見て、大人たちが元気づけられたという部分もあったのだろう。
このころに生まれたのが「黄金バット」などの紙芝居定番ストーリーだった。
もはや「読む」というよりも「演じる」といったほうがいいくらいのエンターテインメントとなっていた紙芝居で、おじさんの黄金バットはその笑い声が耳に残るような素晴らしいパフォーマンスだったようだ。なかには怖がる子どももいたらしいが。
昭和30年代に入ったころは、紙芝居のメッカは大阪だった。そのころは大阪には1500人を超える街頭紙芝居師がいたといわれている。

拍子木。これを打ち鳴らすのが合図。子どもたちはこの音で集まってきた

拍子木。これを打ち鳴らすのが合図。子どもたちはこの音で集まってきた

太鼓は雷やドアを叩く音などの効果音としても使われた

太鼓は雷やドアを叩く音などの効果音としても使われた

子どものころに見た紙芝居は意外と大人になっても覚えているもの。子どもたちに見せてあげたい

子どものころに見た紙芝居は意外と大人になっても覚えているもの。子どもたちに見せてあげたい

現在、個人で活動する紙芝居師もいる

その後、テレビ放送がはじまり、街頭紙芝居は廃れていってしまう。
高度経済成長を経ると、もはや駄菓子を売って紙芝居を見せることで生活を支えることは不可能となってしまった。

しかし、日本で生まれた大切な、そして誇らしい文化である紙芝居を残していきたいと考える人は、全国にいる。

現在は昔のように街頭にふらっと現れて駄菓子を売るということは条例などでできない場合が多い。だが、大道芸としての紙芝居や、イベントで呼ばれてそのイベントの主催者側が許可を取ってお菓子を売りながら紙芝居を見せるということは行われている。
また学校や施設が紙芝居師を呼ぶという場合もある。

完全に個人で紙芝居を行っている三橋とらさんも請け負いの形でさまざまな場所に出向いて紙芝居を行っている。
劇団員だったご両親のあとを追うように自身も役者の道へ進むが、その後、紙芝居屋をしていたお母様の跡を2010年に継いだ、二代目紙芝居師だ。
地域に伝わる民話の紙芝居やオリジナル紙芝居の製作などを行っている。
紙芝居には絵描、作家、お菓子の仕入れなどを行う貸元といわれる存在があったが、三橋さんは自身で描いた紙芝居も披露する。お菓子屋さんとコラボレーションすれば、そのお菓子に関する販促の紙芝居も作ってしまう。
「黄金バット」はやらないにしても、昔ながらの紙芝居という雰囲気の三橋さん。やはり役者をやっていただけあり、お話を盛り上げたりわかりやすく、そしておもしろく披露するのはとてもうまい。声色も変えて、まるで何人かが演じているようにも聞こえてしまう。
イベントなどにも出演しているので、チェックして見に行ってみることをオススメする。楽しいよ。

三橋とらさん。ショッピングモールでの紙芝居披露。やはりはじまりは拍子木で

三橋とらさん。ショッピングモールでの紙芝居披露。やはりはじまりは拍子木で

太鼓も効果的に使う

太鼓も効果的に使う

音を鳴らすと子どもの気を引けるのは間違いない

音を鳴らすと子どもの気を引けるのは間違いない

さまざまなタイプの紙芝居師がいる集団も

三橋とらさんを観たいという場合は、オフィシャルホームページからどうぞ。

また、「黄金バット」など昔ながらの紙芝居を見せてくれる「大江戸やっさん一座」という紙芝居集団も人気だ。こちらは大阪の紙芝居師の伝統を引き継ぐ集団で、何人かの紙芝居師が所属している。いずれもプロフェッショナルなので、子どもたちとともに大人も笑ってしまうようなテクニックを持っているのだ。
東武スカイツリーラインのとうきょうスカイツリー駅近くに住んでいる紙芝居師もいるらしいので、東京下町で紙芝居を観ることも実現しやすいはず。

紙芝居に新たな息吹を入れる「渋谷画劇団」という集団もある。
こちらはプロ紙芝居師には違いないのだが、パフォーマンスの要素がいろいろ入っている。いろいろ、というのは人によって種類が違うのだ。
ベースは紙芝居で、プラス新しい要素を入れたパフォーマンスは、とても楽しめるし新鮮だ。ぜひ体験してみよう。

それぞれの集団には絵描きも所属している。写真は三橋とらさんが描いた「泣いた赤鬼」

それぞれの集団には絵描きも所属している。写真は三橋とらさんが描いた「泣いた赤鬼」

宮沢賢治の作品を三橋とらさんが脚色。友だちに絵を描いてもらったという
紙芝居の道具は人によってさまざま。これはオーソドックスなタイプだ。iPadを使って行う紙芝居師もいるという。もはや紙ではないが