東京下町の歴史を楽しんだり、浅草やグルメを堪能しながら観光名所を巡る東京下町の観光情報誌

[2013年12月 更新]

墨田区にはこんな史跡がある

意外と知られていない墨田区の史跡。よく知られた吉良上野介邸跡から勝海舟生誕の地、“鬼平”こと長谷川平蔵屋敷跡などを歩いてみよう。

墨田区にはこんな史跡がある

東京下町観光スポット

「墨田区の史跡」

東京下町の墨田区にもいくつかの史跡がある。
街中に碑が埋もれてしまっていることもあるので、注意深く探してみよう。わかりやすい観光施設と違って町を散歩しながら史跡探しをするのも楽しいもの。天気がいい日にめぐってみてはどうだろう。

池波正太郎さんの「鬼平犯科帳」に登場する鬼平こと、長谷川平蔵は実在した人物。
池波さんは、旧本所・入江町・・・・・・現在の墨田区緑4丁目付近にあった長谷川という武家屋敷が鬼平の育った屋敷としている。東武線のとうきょうスカイツリー駅からまっすぐ南下したあたりだ。
さらにそこから南下した墨田区菊川3丁目には、長谷川平蔵住居跡がある。当時の敷地面積は1238坪(4085平方メートル)という広大なもの。その一部が現在は歯科医院になっており、その前に記念碑も建てられている。
興味深いのは、時代劇で知られる遠山金四郎も同じ場所に居を構えていたということだ。遠山の金さんも実在した人物なのだ。
もちろん時期は違う。先に平蔵が、のちに金さんが拝領していたという。

浅草駅から隅田川を渡り、川沿いに南下すると両国に辿り着く。
墨田区両国3-13-9には本所松坂町公園がある。ここは赤穂浪士の仇討ちの物語、「忠臣蔵」で知られる吉良上野介邸跡。実際に住んだのは1年半に満たない期間だったが、討ち入りされたのがここだ。屋敷の一画が吉良邸跡として残されており、「吉良の首洗いの井戸」もある。
赤穂浪士の四十七士はここから主君であった浅野内匠頭が眠る泉岳寺まで意気揚々と歩いたといわれている。

墨田区両国4丁目の両国公園内には、幕臣でありながら柔軟な考え方を持ち、坂本龍馬から師と仰がれた勝海舟生誕の地がある。江戸城を無血開城に導き、江戸の市民の命を救ったともいわれる勝海舟の人生はここからはじまったのだ。


ちなみに本サイトのグルメで「江戸前寿司の起源」を紹介した際に登場した、握り鮨を最初に作った華屋與兵衛の店「與兵衛鮨」も墨田区両国1丁目にあった。
そこに寄ってから浅草駅へ戻り、「弁天山美家古寿司」で江戸前寿司を食べるのもオツなものだ。

長谷川平蔵が育った武家屋敷があったあたり

屋敷の西端にあたるところに史跡の説明がある。歯科医院は東端にあたる

本所松坂町公園

屋敷の一角が吉良邸跡として残されている

首洗い井戸。討ち取った吉良の首を洗ったといわれている

吉良邸跡の碑

両国公園にある勝海舟生誕の地の由来碑

勝海舟生誕の地である両国公園内の碑

「與兵衛鮨」跡にある解説板

スポットデータ

【本所松坂町公園(吉良邸跡)】
住所:東京都墨田区両国3-13-9