日光の歴史を楽しんだり、温泉やグルメを堪能しながら観光名所を巡る日光の観光情報誌

[2013年12月 更新]

平家落人が興した村、湯西川

奥日光の山々に囲まれた湯西川温泉は、風情ある旅館や茅葺き屋根の民家などが見られる温泉地。温泉はもとより、紅葉など見どころ満載の湯西川温泉を語るうえで欠かせない、平家の落人伝説を解説。

平家落人が興した村、湯西川イメージ

平家一門が逃げ延びた集落

奥日光の山々に囲まれた湯西川温泉は、その名の通り湯西川の渓谷沿いに風情ある旅館や茅葺き屋根の民家などが見られる温泉地。
温泉はもとより、渓谷の奇岩、秋の紅葉など見どころ満載の湯西川温泉を語るうえで欠かせないのが、平家の落人伝説だ。

平家の落人とは、源氏と平家による源平合戦に破れた平家一門の生き残りをいう。
源氏の追補から命からがら逃れた者たちが落人となって、全国各地に逃げ散り、息を潜めて暮らした場所を、現在では平家谷、平家塚、平家の里などと呼び、数々の伝説が継承されている。

湯西川温泉も、そんな平家の落人伝説が残る集落だ。
寿永4年(1185年)、壇ノ浦の戦いに破れた平家一門がこの地に逃げ延びて隠れ住んだといわれている。
源氏の追討を恐れた落人たちの息を潜めた暮らしぶりには、さまざまなエピソードが残されているが、「端午の節句に鯉のぼりをあげない」「(高らかに鳴く)にわとりを飼わない」など、800年以上経った現在でも受け継がれている風習もあり、平家一門が不自由ななかでも何とかして生き延びようと耐え忍んできた根強さを感じさせる。

野岩鉄道の湯西川温泉駅からバスで山を登ってくる温泉街

500年以上前の建物も残る平家集落

湯西川温泉の発見

湯西川温泉の発見には諸説あるようだが、温泉の発祥は天正元年(1573年)というのが有力だ。
落人たちがこの地に逃げ延びてから、およそ400年後のことになるが、彼らの子孫によって温泉が発見されたといわれている。
ある大雪の日、いっこうに雪が積もらない不思議な場所を見つけ、手を入れてみるとそこは源泉だったという。

ところが、その源泉の近くからは、落人たちが残したと思われる平家ゆかりの甲冑や刀剣などが発見された。この場所なら、いつの日か子孫たちの手で掘り起こされるであろうと願ってのことだったのかもしれない。
とすれば、実は落人たちは温泉の存在を知っていたことになる。

いずれにしても湯西川温泉は、平家一門によって発見されたといっていいだろう。

「本家伴久」の湯西川沿いにある露天風呂

平家落人ゆかりの地

現在でも、この地には平家ゆかりの甲冑や刀剣が埋められたとされる平家塚や、平家の落人の菩提寺といわれる「慈光寺」など、伝説をひも解くにふさわしい史跡がたくさんある。
平家の落人がこの地に逃れてからちょうど800年目の昭和60年(1985年)に建てられた「平家の里」は、落人たちの暮らしぶりがわかる施設だ。

平家の落人集落は全国各地に散在し、数百ヶ所もあるといわれる。
この湯西川温泉は、平家の子孫とされる人々が今も暮らす数少ない集落のひとつだ。
この地に現存する「伴」という苗字は、漢字を崩すと「平の人」であることを意味するのだという。

平家の子孫によって営まれる湯宿が数多くある湯西川温泉。
平家ゆかりの名湯に浸かりながら、落人伝説にもどっぷりと浸かってみてはどうだろう。
なんとしても一族を絶やすまいと、この地で息を潜めながらひっそりと生きてきた平家の落人たちに思いを馳せながら。

さまざまな資料が残る「平家の里」